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恋する表参道 page7

last update Huling Na-update: 2025-02-14 13:31:16

「大人になってからは、友達とお揃いで何か買うの恥ずかしくなったりするから。今のうちにやっとけば、後々いい思い出になるってモンだ」

 純也さんの言い方には、妙な説得力がある。珠莉はピンときた。

「……もしかして、叔父さまにも経験が?」

「そりゃそうだろ。俺にだって、学生時代の思い出くらいあるさ。――あ、そうだ。それ、俺からプレゼントさせてくれないかな?」

「「「えっ?」」」

 思いがけない純也さんの提案に、三人の女子高生たちは一同面食らった。

「そんな! いいですよ、純也さん! コレくらい、自分で買えますから」

「そうですよ。そこまで気を遣わせちゃ悪いし」

「いいからいいから。ここは唯一の大人に花を持たせなさい♪ じゃあ、会計してくる」

 そう言って、品物を受け取った彼が手帳型のスマホケースから取り出したのは、一枚の黒光りするカード――。

「ブラックカード……」

 愛美は驚きのあまり、思考が止まってしまう。

 ブラックカードは確か、年収が千五百万円だか二千万円だかある人にしか持てないカード。存在すること自体、都市伝説だと思っていたのに……。

「純也さんって、とんでもないお金持ちなんだね……」

 今更ながら、愛美が感心すれば。

「当然でしょう? この私の親戚なんですものっ」

 珠莉がなぜか、自分のことのようにふんぞり返る。……まあ、確かにその通りなんだけれど。

「ハイハイ。誰もアンタの自慢なんか聞いてないから」

 すかさず、さやかから鋭いツッコミが入った。

「――はい、お待たせ。買ってきたよ」

 しばらくして、会計を済ませた純也さんが、三つの小さな包みを持って、三人のもとに戻ってきた。

「一つずつラッピングしてもらってたら、時間かかっちまった。――はい、愛美ちゃん」

 彼は一人ずつに手渡していき、最後に愛美にも差し出した。

「わぁ……。ありがとうございます!」

 受け取った愛美は、顔を綻ばせた。これは、彼女が好きな人から初めてもらったプレゼントだ。――ただし、〝あしながおじさん〟から送られたお見舞いのフラワーボックスは別として。

「わたし、男の人からプレゼントもらうの初めてで……。ちょうど先月お誕生日だったし」

「そうだったんだ? 何日?」

「四日です」

「そっか。遅くなったけど、おめでとう。前もって知ってたら、こないだ寮に遊びに行った時、何かプレゼントを用意してたん
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  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   恋する表参道 page8

     ――四人が再び、竹下通りを散策していると……。「――あれ? さやかじゃん! それに愛美ちゃんも。こんなとこで何してんだ?」 やたらハイテンションな、若い男性の声がした。それも、珠莉と純也さんはともかく、あとの二人にはものすごく聞き覚えのある……。「おっ……、お兄ちゃん!」「治樹さん! お久しぶりです」「ようよう、お二人さん! だから、なんでここにいるんだっての。――あれ? そのコは初めて見る顔だな。さやかの友達?」 声の主はやっぱり、さやかの兄・治樹だった。(……そういえば治樹さんも、東京で一人暮らししてるって言ってたっけ) 愛美はふと思い出す。――それにしたって、何もこんなところで純也さんと鉢合わせしなくてもいいじゃない、と思った。(……まあ、偶然なんだろうけど)「まあ! さやかさんのお兄さまでいらっしゃいますの? 私はさやかさんと愛美さんの友人で、辺唐院珠莉と申します」 「へえ、君が珠莉ちゃんかぁ。さやかから話は聞いてるよ。……で? そのオッサンは誰?」「あたしたちは今日、この珠莉の叔父さんに招待されて、東京に遊びに来たの。これからミュージカル観に行って、ショッピングするんだ」 さやかはそう言いながら、右手で純也さんを差した。「……どうも。珠莉の叔父の、辺唐院純也です」 純也さんはなぜか、ブスッとしながら治樹さんに自己紹介した。〝オッサン〟呼ばわりされたことにカチンときているらしい。「へえ……、珠莉ちゃんの叔父さん? 歳いくつっすか?」「来月で三十だよ。つうか誰がオッサンだ」(純也さん、それ言っちゃったら大人げないです……) ムキになって治樹さんに食ってかかる純也さんに、愛美は心の中でこっそりツッコんだ。 そして、治樹さんは治樹さんで、愛美がチラチラ純也さんを見ていてピンときたらしい。愛美の好きな人が、一体誰なのか。(お願いだから治樹さん、ここで言わないで!) 愛美の想いなどお構いなしに、治樹さんと純也さんはしばし睨(にら)みあう。けれど、身長の高さと目(め)力(ぢから)の強さに圧倒されてか、すぐに治樹さんの方が睨むのを諦めた。「……すんません」「いや、こっちこそ大人げなかったね。すまない」 とりあえず、火花バチバチの事態はすぐに収まり、さやかがまた兄に同じ質問を繰り返す。「ところで、お兄ちゃんはなんでここ

    Huling Na-update : 2025-02-14
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   恋する表参道 page9

    「ああー、ナルホドね。だからお兄ちゃんの服、けっこう奇抜(キバツ)なヤツ多いんだ」「さやか、そこは個性的って言ってほしいな」「でも、治樹さんにはよく似合ってると思います。わたしは」「おおっ!? 愛美ちゃんは分かってくれるんだ? さすがはオレが惚れた女の子だぜ。お前とは大違いだな」「はぁっ!? お兄ちゃん、まだ愛美に未練あんの? 冬に秒でフラれたくせにさぁ」「うっさいわ」 街中で牧村兄妹の漫才が始まりかけたけれど、そこで終了の合図よろしく純也さんの咳払いが聞こえてきた。「……取り込み中、申し訳ないんだけど。もうすぐ開演時刻だし、そろそろ行こうか」「……あ、はーい……。とにかく! お兄ちゃん、もう愛美にちょっかい出さないでよねっ! 珠莉、愛美、行こっ」「うん。治樹さん、じゃあまた」「またね~、愛美ちゃん」「治樹さん、またどこかでお会いしましょうね」 兄に対して冷たいさやか、あくまで礼儀正しい愛美、なぜか治樹さんに対して愛想のいい珠莉の三人娘は、純也さんに連れられてミュージカルが上演される劇場まで歩いて行った。   * * * * 「――ゴメンねー、愛美。お兄ちゃん、まだ愛美のこと引きずってるみたいで……。みっともないよねー」 劇場のロビーで純也さんが受付を済ませている間に、さやかが愛美に謝った。 珠莉は受付カウンター横の売店で飲み物を買っているらしい。――ついでに気を利かせて、愛美たちの分も買ってきてくれるといいんだけれど。「ううん、いいよ。わたしも、あんなフり方して申し訳ないなって思ってたの。あんなにいい人なのに」「愛美……」「もちろん、わたしが好きなのは純也さん一人だけだよ。治樹さんは、わたしにとってはお兄ちゃんみたいなものかな」 純也さんは幸い離れたところにいるので、聞こえる心配はないだろうけれど。愛美はさやかだけに聞こえる小さな声で言った。「……そっかぁ。コレでお兄ちゃんが、キッパリ愛美のこと諦めてくれたらいいんだけどねー」「うん……。――あ、戻ってきた」 愛美とさやかが顔を上げると、純也さんと珠莉が二人揃って戻ってきた。珠莉は自分の分だけではなく、ちゃんと人数分の飲み物を持って。「お待たせ! もう中に入れるけど、どうする?」「叔父さま、コレ飲んでからでも遅くないんじゃありません? ――はい、どうぞ。全部オレ

    Huling Na-update : 2025-02-14
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   恋する表参道 page10

     ――四人で仲良くオレンジジュースを飲みほした後、お目当ての演目が上演されるシアターに入り、座席に座った。「この作品は、過去に何回も再演されてる人気作でね。なかなかチケットが買えないことでも有名なんだ」「まさか純也さん、お金にもの言わせてチケット手に入れたんじゃ……?」「さやかちゃん! 純也さんはそんなことする人じゃないよ。そういうこと、一番嫌う人なんだから。ね、純也さん?」 お金持ち特権を濫用(らんよう)したんじゃないかと言うさやかを、愛美が小さな声でたしなめた。「もちろん、そんなことするワケないさ。ちゃんと正規のルートで買ったともさ」「ええ。叔父さまはウソがつけない人だもの、信じていいと思いますわ」「……分かった。姪のアンタがそう言うんなら」 ブーツ ……。「――あ、始まるよ」 愛美は初めて観るミュージカルにワクワクした。舞台上で繰り広げられるお芝居、歌、音楽。そして、キラキラした舞台装置……。 カーテンコールの時にはもう感動して、笑顔で大きな拍手を送っていた――。    * * * *「――さっきの舞台、スゴかったねー」 終演後、劇場の外に出た愛美は、一緒に歩いていたさやかとミュージカル鑑賞の感想を話していた。 珠莉はと言うと、愛美たちに聞こえないくらいのヒソヒソ声で、何やら叔父の純也さんと打ち合わせ中の様子。「うん。あたし、あの作品の原作読んだことあるけど、ああいう解釈もあるんだなぁって思った。やっぱり、ナマの演技は迫力違うよね」「原作あるんだ? わたし、読んだことないなぁ。この後買って帰ろうかな」 今日の舞台の原作は、偶然にも愛美が好きな作家の書いた長編小説らしい。――もしかしたら、純也さんはそれが理由でこの舞台に誘ったのかもしれない。(……なんてね。そう考えるのはちょっと都合よすぎかな)「――さて、お買いものタイムと参りましょうか」 いつの間にか、純也さんたちも二人に追いついていて、珠莉がやたら張り切って声を上げた。 お買いものといえば、毎回テンションが変わるのが彼女なのだ。お金に不自由していないせいか、根っからのショッピング狂のようである。「ハイハ~イ☆ とりあえず、古着屋さん回ってみる?」 とはいえ、さやかもショッピングはキライじゃないので、愛美が気(き)後(おく)れしない提案をしてくれた。「うん!

    Huling Na-update : 2025-02-14
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   恋する表参道 page11

    「じゃあみなさん、参りますわよ!」「おいおい。まさか珠莉、俺を荷物持ちでこき使うつもりじゃないだろうな?」 姪のあまりの張り切りように、この中で唯一の男性である純也さんがげんなりして訊ねる。「あら、私がそんなこと、叔父さまにさせると思って? ――ちょっとお耳を拝借します」 珠莉が叔父に歩み寄り、何やらゴショゴショと耳打ちし始めた。純也さんも「うん、うん」としきりに頷いている。(……? あの二人、何の相談してるんだろ?) 愛美は首を傾げる。思えばここ数週間、珠莉の様子がヘンだ。今日だってそう。何だかずっと、純也さんと二人でコソコソしている。「愛美、どしたの? ほら行くよ」「あ……、うん」 ――かくして、四人は竹下通りから表参道までを巡り、ショッピングを楽しんだ。……いや、楽しんでいたのは女子三人だけで、純也さんはほとんど何も買っていなかったけれど。「ふぅ……。いっぱい買っちゃったねー」 愛美も数軒の古着店を回り、夏物のワンピースやカットソー・スカートにデニムパンツ・スニーカーやサンダルなどを買いまくっていた。でもすべて中古品なので、新品を買うよりも格安で済んだ。  さやかも同じくらいの買いものをして、二人はすでに満足していたのだけれど……。「まだまだよ! 次はあそこのセレクトショップへ参りますわよ」 それ以上にドッサリ買いまくって、もう両手にいっぱいの荷物を持ち、それでも間に合わないので純也さんにまで紙袋を持たせている珠莉が、まだ買う気でいる。「「え~~~~~~~~っ!?」」 これには愛美とさやか、二人揃ってブーイングした。純也さんもウンザリ顔をしている。

    Huling Na-update : 2025-02-14
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   恋する表参道 page12

    「アンタ、まだ買うつもり!? いい加減にしなよぉ」「そうだよ。もうやめとけって」「わたしはいいよ。こんな高そうなお店、入る勇気ないし」「いいえ! さやかさん、参りましょう!」「え~~~~? あたし、ブランドものなんか興味ない――」 珠莉は迷惑がっているさやかをムリヤリ引っぱっていく。そしてなぜか、そのまま彼女にも耳打ちした。「ふんふん。な~る☆ オッケー、そういうことなら協力しましょ」(……? なに?) 事態がうまく呑み込めない愛美に、さやかがウィンクした。「じゃあ、あたしたち二人だけで行ってくるから。愛美は純也さんと好きなとこ回っといでよ」「純也叔父さま、愛美さんのことお願いしますね」「……え!? え!? 二人とも、ちょっと待ってよ!」「ああ、分かった」(…………えっ? 純也さんまで!? どうなってるの!?) ますますワケが分からなくなり、愛美は一人混乱している間に、純也さんと二人きりになった。「…………あっ、あの……?」 珠莉ちゃんと何か打ち合わせした? 純也さんはどうして当たり前のように残った? ――彼に訊きたいことはいくつもあるけれど、二人きりになってしまうと緊張してうまく言葉が出てこない。「さてと。愛美ちゃん、どこか行きたいところある?」「え……? えっと」 そんな愛美の心を知ってか知らずか、純也さんがしれっと質問してきた。……何だか、うまくはぐらかされた気がしなくもないけれど。 それでもとりあえず一生懸命考えを巡らせて、つい数十分前に思いついたことを言ってみる。「あ……、じゃあ……本屋さんに付き合ってもらえますか? 今日観てきたミュージカルの原作の小説があるらしいんで」「オッケー。じゃ、行こうか」「はいっ!」 二人はそのまま表参道を下り、東京メトロ表参道駅近くのビルの地下にある大型書店へ。(なんか、こうしてると恋人同士みたいだな……) 愛美はこっそりそう思う。ただ、まだ本当の恋人同士ではないので、手を繋いでいるだけで心臓の鼓動が早くなっているけれど。 何はともあれ、愛美はお目当ての小説の単行本をゲットし、二人は近くのベンチで休憩することにした。

    Huling Na-update : 2025-02-14
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   恋する表参道 page13

    「――はい、愛美ちゃん。カフェオレでよかったかな?」 純也さんは、途中の自動販売機で買ってきた冷たい缶コーヒーを愛美に差し出す。自販機ではクレジットカードなんて使えないので、もちろん小銭で買ったのだ。 愛美は紅茶も好きだけれど、カフェオレも好きなので、ありがたく受け取った。「ありがとうございます。いただきます」 プルタブを起こし、缶に口をつける。純也さんも同じものを買ったようだ。「――愛美ちゃん、お目当ての本、見つかってよかったね」「はい。純也さんは何も買われなかったんですか? 読書好きだっておっしゃってたのに」 書店で商品を購入したのは愛美だけで、純也さんは本を手に取るものの、結局何も買っていないのだ。「うん……。最近は仕事が忙しくてね、なかなか読む時間が取れないんだ。それに、このごろはどんな本を読んでも面白いって感じられなくなってる。昔は大好きだった本でもね」 悲しそうに、純也さんが答えて肩をすくめる。――大人になると、価値観が変わるというけれど。好きだったものまで好きじゃなくなるのは、とても悲しいことだ。「じゃあ、わたしが書きます。純也さんが読んで、『面白い』って思ってもらえるような小説を」「愛美ちゃん……」「あ、もちろん今すぐはムリですけど。小説家デビューして、本を出せるようになったら。その時は……、読んでくれますか?」 この時、愛美の中で大きな目標ができた。大好きな人に、自分が書いた本を読んでもらうこと。そして、読んだ後に「面白かったよ」って言ってもらうこと。目標ができた方が、夢を追ううえでも張り合いができる。「もちろん読むよ。楽しみに待ってる。約束だよ」「はい! お約束します」 この約束は、いつか必ず果たそうと愛美は決意した。「――それにしても、純也さんってよく分かんない人ですよね」「え……? 何が?」 唐突に話が飛び、純也さんは面食らった。「だって、ブラックカードでホイホイお買いものするような人が、ちゃんと小銭も持ち歩いてるんですもん。確か、交通系のICカードもスマホケースに入ってましたよね」「見てたのか。――うん、今日も電車で来た。僕はできるだけ、〝人並みの生活〟をするようにしてるんだ」「〝人並みの生活〟……?」 愛美は目を丸くした。〝人並み以上の生活〟ができている人が、何を言っているんだろう?「うー

    Huling Na-update : 2025-02-14
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   恋する表参道 page14

    「だって、事実だからさ。……あっ、ココだけの話だからね? 珠莉には言わないでほしいんだけど」「分かってます。わたし、口は堅いから大丈夫です」「よかった」 彼も一応は、言ってしまったことを少なからず悔(く)やんでいるらしい。愛美が「口が堅い」と聞いて、ホッとしたようだ。(口が堅いっていえば、珠莉ちゃんもだ) 彼女は絶対に、愛美に対して何か隠していることがある。でも、いつまで経っても打ち明けてはくれないのだ。――ことの発端(ほったん)は、約一ヶ月前に純也さんが寮を訪れたあの日。「――ところで純也さん。先月寮に遊びに来られた時、帰り際に珠莉ちゃんと二人で何話してたんですか?」「ん?」 とぼけようとしている純也さんに、愛美は畳みかける。「純也さん、わたしに何か隠してますよね?」「……ブッ!」 ズバリ問いただすと、純也さんは動揺したのか飲んでいたカフェオレを噴き出しそうになった。「あ、図星だ」「ゴホッ、ゴホッ……。いや、違うんだ。……確かに、大人になったら色々と秘密は増える。愛美ちゃんに隠してることも、あるといえばある……かな」 むせてしまった純也さんは必死に咳を止めると、それでも動揺を隠そうと弁解する。「何ですか? 隠してることって」「愛美ちゃんのこと、可愛いって思ってること……とか」「え…………。わたしが? 冗談でしょ?」 さっきまでの動揺はどこへやら、今度はサラッとキザなことを言ってのける純也さん。愛美は顔から火を噴きそうになるよりも、困惑した。(やっぱりこの人、よく分かんないや)「いや、冗談なんかじゃないよ。僕は冗談でこんなこと言わない」「あー…………、ハイ」 どうやら本心から出た言葉らしいと分かって、愛美は嬉しいやらむず痒いやらで、俯いてしまう。(コレって喜んでいいんだよね……?) 生まれてこのかた、男性からこんなことを言われたことがあまりないので(治樹さんにも言われたけれど、彼はチャラいので別として)、愛美はこれをどう捉えていいのか分からない。「……純也さんって、女性不信なんですよね? 珠莉ちゃんから聞いたことあるんですけど」「珠莉が? ……うん、まあ。〝不信〟とまではいかないけど、あんまり信用してはいないかな」「どうして? ――あ、答えたくなかったらいいです。ゴメンなさい」 あまり楽しい話題ではないし、純

    Huling Na-update : 2025-02-14
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   恋する表参道 page15

    「でも愛美ちゃんは、僕が今まで出会ったどんな女性とも違った」「えっ?」 愛美が不思議そうに瞬くと、純也さんは嬉しそうに続けた。「君には打算なんてひと欠片もないし、逆に『生まれ育った環境なんてどうでもいい』って感じだよね。君は純粋でまっすぐで、僕のことを〝資産家一族の御曹司〟じゃなく、〝辺唐院純也〟っていう一人の人間としていつも見てくれてる。そういう女の子に、今まで出会ったことなかったから嬉しいんだ」「純也さん……」 愛美は人として当然のことをしているつもりなのに。今まで偏見やイジメに苦しめられてきたからこそ、自分は絶対にそういう人間にはなるまいと心がけてきただけだ。 でも――、純也さんは愛美のそんな心がけを〝嬉しい〟と言ってくれた。「愛美ちゃん、ありがとう。僕は君に出会えてよかったと思ってるよ」「いえいえ、そんな」 彼のこの言葉は、受け取り方によっては告白とも解釈できるのだけれど。恋愛初心者の愛美には、そんなこと分かるはずもなかった。「――あ、そうだ。連絡先、交換しようか」「え……、いいんですか?」 自分からは、とてもそんなことを言い出す勇気がでなかったので、愛美の声は思いがけず弾んでしまう。「うん、もちろん。実は、前々から愛美ちゃんに直接連絡取りたいなって思ってたんだ。それに毎度毎度、珠莉を通して色々ツッコまれるのも面倒だし」「面倒……って」 前半は愛美も嬉しかったけれど、後半のひどい言い草には絶句した。実の叔父から「面倒だ」と言われる姪ってどうなの? と思ってしまう。けれど。「……まあ確かに、直接連絡取り合えた方が便利は便利ですよね」 という結論に達し、二人はお互いのスマホに自分の連絡先を登録するという方法で、アドレスを交換した。「――愛美ちゃん、スマホ使い始めて二年目だっけ? ずいぶん慣れてるね」 純也さんのスマホに自分の連絡先をパパパッと打ち込んでいく愛美の手つきに、彼は感心している。「だって、もう二年目ですよ? 一年前のわたしとは違って、一年も経てば色々と使いこなせるようになってますから」 この一年で、愛美はスマホの色々なアプリや機能を使いこなせるようになったのだ。動画を観たり、音楽を聴いたり、写真を撮ったり、メッセージアプリでさやかや珠莉と連絡を取り合ったり。スマホでできることは、電話やメールだけじゃないんだと

    Huling Na-update : 2025-02-14

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  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   わかば園と両親の死の真相 page4

    「……お二人とも、聞こえてるんだけど」「あっ、ゴメン!」「こっちの話は気にしないで、読む方に集中して?」 さやかと愛美が謝り、そう言うと、珠莉はひとつため息をついた後にまた画面に視線を戻した。「集中して」と言ったって、ムリな話ではあると思うのだけれど――。 ――それから一時間ほど後。「愛美さん、読み終わりましたわよ」 珠莉がパソコンの画面を閉じて、愛美に声をかけてきた。「えっ、もう読んだの!? 早かったね」 あの小説は原稿用紙三百枚分ほどの長さがあるので、じっくり読み進めると読み終えるまで二時間以上はかかるはずだ。ということは、珠莉は読むスピードを速めたということになる。「ええ、愛美さんが私からのアドバイスを待ってると思って、急いで読んだのよ。――それでね、愛美さん。この小説で私が感じたことなんだけど」「うん。どんなことでも大丈夫だから、忌憚なく言って」「じゃあ、述べさせてもらうわね。――私の感じたことを率直に言わせてもらうと、やっぱりこの小説の中からは、あなたのセレブに対する苦手意識というか偏見というか、そういうものが読み取れたの。出版に至らなかった理由はそこなんじゃないかしら」「あー、やっぱりそうか。編集者さんからも同じこと言われたんだ」 書籍として流通するということは、この小説が多くの人の目に触れるということだ。読んだ人の中には気分を害する人も出てくるかもしれない。プロとして、そういう内容の本を世に送り出すわけにはいかないと判断されたのだろう。 もしこの小説を珠莉ではなく、純也さんに読んでもらったとしても、きっと同じことを言われたに違いない。「『出版できない』って聞かされた時はショックだったけど、これで納得できたよ。ありがとね、珠莉ちゃん」 これで、初めての挫折からはすっかり立ち直ることができそうだ。愛美はもう前を向いていた。「いえいえ、私でお役に立ててよかったわ。でもあなた、思ったより落ち込んでいないみたいね」「そういやそうだよねー。『ヘコんだ」って言ったわりにはけっこう前向いてるっていうか」「うん。もうわたしの意識は次回作に向いてるから。いつまでも落ち込んでられないもん」 二年前の愛美なら、いつまでもウジウジ悩んでいただろう。でも、もうネガティブな愛美はいない。純也さんに釣り合うよう、いつでも自分を誇れる人間でいた

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   わかば園と両親の死の真相 page3

    「ええ、いいわよ。私でよければ。とりあえず着替えさせてもらうわね。それからでもいいかしら?」「あ、うん。もちろんだよ。ありがと。なんかゴメンね、帰ってきたばっかりなのに」「いいのよ、愛美さん。謝らなくてもよくてよ」「ありがとねー、珠莉。アンタと愛美、すっかり仲良くなったよね。最初の頃はさぁ、愛美に『叔父さま盗(と)られた~!』とか言ってたのに」 さやかは二年以上も前の話を持ち出して、二人の関係がすっかり変わったことに感心している。あれはこの高校に入学した翌月で、純也さんが初めて学校を訪ねてきた時のことだ。 それに対して、珠莉が制服から私服に着替えながら答える。「あの頃はまだ、純也叔父さまが愛美さんのいう〝あしながおじさま〟の正体で、お二人が恋人同士になるなんて思ってもみなかったもの。本当に、人生って何が起こるか分からないものよね」「うん……、ホントにね」 珠莉の最後のセリフに愛美も頷いた。純也さんが〈わかば園〉の理事をしていなければ、理事であったとしても愛美の学費を援助すると申し出てくれなければ、彼女は今この場にいなかったのだ。山梨県内の公立高校で、悶々とした高校生活を送っていただろう。もしくはどこかの温泉旅館で住み込みの仲居さんとして働いていたとか。「――はい、お待たせ。着替え終わったから原稿を読ませてもらうわ。データは残してあるのね?」「うん。わたしのPCのデスクトップと、一応USBにも保存してあるよ。待ってね、今ファイル開くから」 愛美は自分のノートパソコンで、ボツになった原稿のファイルを開いた。「これがその小説だよ」「分かったわ。じゃあ、ちょっと失礼して」 珠莉は愛美に場所を譲ってもらい、ブルーライトカットのためにPC用の眼鏡(メガネ)をかけて小説の原稿を読み進めていった。「……珠莉ちゃんって普段は眼鏡かけないけど、たまにかけるとすごく知的に見えるよね」「顔立ちのせいなんじゃない? あたしが眼鏡かけてもああはならないよ。あたし、上向きの団子っ鼻だからさ」 珠莉が真剣な眼差しで原稿を読み進める傍(はた)で、愛美とさやかはヒソヒソと彼女の意外なギャップを発見して盛り上がっていた。愛美に至っては、彼女の頼みごとをした本人だというのに……。

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   わかば園と両親の死の真相 page2

    「あ、愛美。おかえり。――どうした? なんかちょっと元気ないじゃん?」「うん……。さやかちゃん、鋭い。ちょっとね、ヘコんじゃう出来事があって」「もう友だちになって三年目だよ? 元気がないのは見りゃ分かるって。今日は編集者さんと会ってたんだっけ。じゃあ、作家の仕事絡み?」「正解。詳しい話は珠莉ちゃんが帰ってきてからするけど、長編の原稿がボツ食らっちゃってね」「えっ、ボツ!? 長編ってあれでしょ、冬からずっと頑張って書いてて、夏休みの間に書き上げたっていう、純也さんが主人公のモデルだった」「うん、そうなの。あれ」 さやかがズバリ、どんな作品だったか言い当てて愛美も頷いたけれど、さすがに純也さんが主人公のモデルだったという情報まで言う必要はあっただろうか?「う~ん、そっかぁ……。珠莉、部活は五時までだったと思うから。帰ってきたら一緒に話聞いてもらおう。珠莉の方が、あの小説のどこがダメだったか分かると思うんだ」「そうだね。わたしもそう思ってた」 一応は社長の娘だけれど庶民的なさやかより、生まれながら名家のお嬢さまである珠莉の方が、ダメ出しのポイントが適格だと思う。何せ、モデルは彼女の血の繋がった叔父なのだから。 それから三十分ほどして、部活を終えた珠莉が部屋に帰ってきた。「――ただいま戻りました」「珠莉ちゃん、おかえり。部活お疲れさま」「珠莉、おかえりー。何かさあ、愛美が聞いてほしい話があるんだって」 珠莉がクローゼットにスクールバッグをしまうのを待ってから、二人は彼女に声をかけた。 彼女は最近、週末は雑誌の撮影で忙しいけれど、平日の放課後はまだ部活があるので撮影は入っていないらしい。こちらも学業優先なのだ。「――愛美さん、私に聞いてほしい話ってなぁに?」「えっと、わたしが冬休みから長編小説を書いてたこと、珠莉ちゃんも知ってるよね? ……純也さんが主人公のモデルの」「ええ、知ってるわよ。夏休みの間に書き上がって、編集者さんにデータを送ったらしいってさやかさんから聞いたけど。あれがどうかして?」「実はね、あの小説、ボツになっちゃったの。今日、編集者さんから『あれは出版されないことになった』って聞いて。でね、どういうところがダメだったのか、珠莉ちゃんに読んで指摘してもらえたらな、って思ったんだけど……」 珠莉はプロの編集者ではないので、

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   わかば園と両親の死の真相 page1

    「――そうだ! 次回作は〈わかば園〉のことを題材にして書こう」 自分が育ってきた、よく知っている場所のことなら書いていてリアリティーもあるし、作品に説得力を持たせることもできる。当然のことながら、主人公のモデルは愛美自身だ。「よし、次回作はこれで決定! 今年の冬休み、久しぶりに〈わかば園〉に帰って園長先生とか他の先生たちに話聞かせてもらおう」 愛美の記憶にあることはまだいいけれど、憶えていない幼い頃のことや、愛美が施設にやってきた時のことは園長先生から話を聞かなければ分からない。――それに、愛美の両親のことも。(わたし、お父さんとお母さんが小学校の先生で、事故で亡くなったってことしか知らないんだよね。どんな両親で、どんな事故で命を落としたのか知りたいな) 施設で暮らしていた頃は、まだ幼くて話しても分からないから教えてくれなかったんだろう。でも、愛美も十八歳になって、世間では一応〝大人〟なのだ。今ならどんな話を聞かされても理解できると思う。それがたとえどんなに残酷な話でも、聞く覚悟はできているつもりだ。「……うん、大丈夫。わたしはもう大人なんだから、どんな話を聞いても怖くない」 愛美は決意を新たにしたことで、自身の初めての挫折とも向き合うことを決めた。「今回ボツになったこと、報告しないわけにはいかないよね……」 もちろん〝あしながおじさん〟に、である。ガッカリされるかもしれない。けれど、失望はされないと思う。だって、純也さんはそんなに冷たい人ではないから。「でも、慰められるのもまたツラいんだよね。そこのところは手紙で一応釘を刺しとくか」 部屋に帰ったら〝おじさま〟宛てに手紙を書こう。そう決めて、愛美は寮の玄関をくぐった。「――相川さん、おかえりなさい」「ただいま戻りました。あ~、晴美さんとこうして話せるのもあと半年足らずかと思うと淋しいです」 寮母の晴美さんと挨拶を交わせるのも、高校卒業までだ。大学に進めば寮を変わらなければならないので、当然寮母さんも違う人になる。「私も淋しい~! でも、寮母として寮生の巣立ちを送り出さなきゃいけないから。毎年淋しく思いながら、断腸の思いでそうしてるのよ」「そうなんですね。あと半年、よろしくお願いします」 晴美さんにペコッと頭を下げてから、愛美はエレベーターで四階へ上がった。角部屋の四〇一号室が、三

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   仲直りと初めての挫折 page8

    「……あの、ボツになった理由は?」「あの作品、セレブの世界を描いてますよね? その描写が不十分というか、かなり不適切な描写があったと。先生個人の偏見のようなものが含まれていたようなんです」「ああ~、そう……ですよね。わたし、実は一部の人たちを除いてセレブの人たちって苦手で。冬休み、セレブのお友だちの家で過ごしていた時に色々と取材したんですけど。その時もあまりいい印象は持てなかったです」 純也さんとデートした日のこと以外にも、愛美はあの家に出入りしている富裕層の人たちを観察したり、クリスマスパーティーの時に感じたことも小説の中に織り込んでいた。多分、それが原因だろう。「なるほど……。冬休みといえば二週間くらいですか。富裕層の人たちのことを正しく描写しようと思えば、その程度の日数では足りなかったんでしょう」「ですよね……」 愛美はすっかりヘコんでしまい、大きくため息をついた。(わたしってホントは才能ないのかな……。純也さんの買い被りすぎ? だったら、彼にムダなお金使わせちゃっただけかも)「先生、そんなに落胆しないで。今回は残念な結果でしたけど、次回作でいい作品をお書きになればいいんです。先生はまだ高校生ですし、先生の作家人生はまだ始まったばかりなんですから。焦らず、じっくりといい作品を送り出していきましょう。僕も協力を惜しみませんから」「はい……、そうですね。次回作は頑張ってみます」  ――愛美持ちで会計を済ませて岡部さんと別れた後、愛美は自分でも悪かったところを反省してみた。(岡部さんに原稿を送る前に、珠莉ちゃんにデータを送って読んでもらえばよかったかな。珠莉ちゃんなら何か的確なアドバイスをくれたかも) 愛美にとっていちばん身近なセレブが珠莉である。彼女に最初の読者になってもらえば、「ここがよくない」とか「ここはこういう書き方の方がいい」とか助言してもらえて、もっといい作品になったはず。そうすればボツを食らうこともなかったかもしれない。(……まあ、〝たられば〟言いだしたらキリがないし、もう終わったことだからどうしようもないんだけど) 済んでしまったことを悔やむより、前に進むことを考えなければ。「次回作……、どうしようかな」 寮への帰り道、悩みながら歩いていた愛美の頭を不意によぎったのは、彼女が中学卒業まで育ってきたあの場所のことだっ

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   仲直りと初めての挫折 page7

       * * * * それから数週間後の放課後。この日は文芸部の活動はお休みだったので、短編集のゲラの誤字・脱字などのチェックを終えた愛美は学校の最寄駅前にあるカフェに担当編集者の岡部さんを呼び出した。「――はい。相川先生、お疲れさまでした。これでこの短編集『令和日本のジュディ・アボットより』は無事に発売される運びとなります」「よろしくお願いします。わたしも発売日が待ち遠しいです」 愛美は確認を終えたゲラを大判の封筒に入れる岡部さんに、改めてペコリと頭を下げた。 ゲラの誤字や脱字を赤ペンで修正していく作業は初めてだったけれど、思いのほか少なかったので楽しくこなすことができた。あとは一ヶ月後、本屋さんの店頭に並ぶ日を待つだけだ。(純也さん、聡美園長とか施設の先生たちにも宣伝してくれたかな。もちろん自分では買って読んでくれるだろうけど) 彼は〈わかば園〉を援助してくれている理事の一人でもあり、あの施設の関係者で愛美の書いた本がもうじき発売されることを前もって知っているのも彼だけなのだ。彼ならきっと、園長先生にはそれとなく報告しているだろうけれど。 (どうせなら、立て続けに二冊発売される方が園長先生や他の先生たちも、もちろん純也さんも喜んでくれるだろうな……)「――ところで岡部さん、わたしの長編の方はどうなりました? データを送ってから一ヶ月以上経ってると思うんですけど」 そろそろ出版するかどうかの決定が下される頃だろうと思い、愛美は岡部さんに訊ねてみたのだけれど……。「…………すみません、先生。それがですね……、あの作品は残念ながら出版できないということになってしまいまして。つまり、ボツということです」「えっ? ボツ……ですか」 彼の返事を聞いて、愛美は目の前が真っ暗になった気がした。岡部さんはあれだけ作品を褒めてくれたのに、熱心にアドバイスまでくれて、書き上がった時にはものすごく喜んでくれたのに……。(なのに……ボツなんて)「だって、岡部さん言ってたじゃないですか。『これは間違いなく出版されるはずです』って」「いえ、僕はあの作品を気に入ってたんですけど……、上が『ダメだ』というもので。僕も本当に残念だとは思ってるんですが、まぁそそういう次第でして」「そんな……」 岡部さんもガッカリしているのだと分かったのがせめてもの救いだけれど

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   仲直りと初めての挫折 page6

     彼も反省してたんだって知って、わたしは彼を許してあげることにしました。やっぱり彼のことが好きだから、仲違いしたままでいるのはつらかったの。仲直りできてよかったって思ったのと同時に、どうしてもっと早くできなかったんだろうとも思いました。フタを開けてみたら、こんなに簡単なことだったのに。 純也さんに、この秋に発売されることが決まってる短編集の売り込みもバッチリしておきました(笑) わたしが作家になって記念すべき一冊目の本だもん。ぜひとも読んでもらいたくて。 純也さんは今、まだオーストラリアにいるそうです。あと二、三日したら帰国するって言ってましたけど。 日本とオーストラリアには時差は一時間くらいしかないけど、あっちは南半球なので季節が真逆だっていうのが面白いですね。「こっちは寒さが厳しいから、早く日本に帰りたいよ」って彼は言ってました。帰ってきたらきたで、こっちはまだ残暑が厳しいからあんまり過ごしやすくないけど。そういえば、オーストラリアってクリスマスシーズンは真夏だから、サンタクロースがトナカイの引く雪ゾリじゃなくてサーフボードに乗って登場するんだっけ。 付き合ってる以上、純也さんとはこれから先もケンカするかもしれないけど、今回のことを教訓にして早く仲直りできるようにしようと思います。どっちかが折れなきゃいけない時には、なるべくわたしが折れるようにしたい。純也さんだって、そんなに無茶なことを言わないと思うから。 もうすぐ、編集者の岡部さんがさっき話した短編集のゲラ稿を持ってくるはず。そしたら、いよいよ商業作家としてのお仕事が本格的に始まります。長編の方はデータを送ったきり、まだ連絡はありません。今ごろ出版会議の真っ只中ってところかな。どうか出版が決まりますように……!   かしこ八月三十一日           いよいよ商業デビューする愛美』****(純也さんがこの手紙を読むのは日本に帰国してからだろうな……。どうか、あの小説の出版が決まりますように!) だってあれは愛美が初めて執筆に挑戦した長編小説で、本として世に出るために書いていたのだから。自分でも、もしかしたら大きな賞とか本屋大賞が取れるんじゃないかと思うほどよく書けたという自負がある。 ――ところが、世間はそう甘くなかった。

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   仲直りと初めての挫折 page5

    ****『拝啓、あしながおじさん。 お元気ですか? わたしは今日も元気です。 今日、さやかちゃんと一緒に〈双葉寮〉に帰ってきました。明日から二学期が始まります。 今年の夏休みも、ワーカーホリックの中学校の宿題はバッチリ終わらせました! さやかちゃんも。 珠莉ちゃんはこの夏、モデルオーディションを何誌も受けて、ついにファッション誌の専属モデルに合格したそうです! わたしに続いて、珠莉ちゃんも夢を叶えたんだって思うと、わたし嬉しくて! 二学期には自分の進路を決めなきゃいけないから、多分一学期までより学校生活も忙しくなりそう。わたしは作家のお仕事もあるから、他の子たち以上に大変だと思う……! でも、わたしと珠莉ちゃんはもう進学する学部を決めてるからまだいい方かな。問題はさやかちゃん。まだ福祉学部にするか、教育学部にするかで迷ってるみたい。わたしは彼女がどっちを選んでも、全力で応援してあげたいと思ってます。 ところでおじさま、聞いて下さい。わたし今日、やっと純也さんと仲直りできたの! 実は夏の間ずっと、彼といつ仲直りしたらいいのかタイミングをうまく掴めずにいて、わたしも気にしてたの。  確かに七月のケンカでは、わたしにヒドいことをさんざん言った彼の方が大人げなくて悪かったけど、わたしもちょっと意固地になりすぎてたのかなって反省したの。「メッセージを既読スルーしてやる」とは思ってたけど、彼からはまったく連絡が来なくて、だからってわたしから連絡するのもなんかシャクで。 でも、やっぱり仲直りしたいなと思ってたタイミングで、おじさまにも話した彼からのあの上から目線のメッセージが来て。わたしはさやかちゃんのご実家に行くことにしたから、その時にも仲直りはできなくて。 で、今日思いきって彼にメッセージを送ってみたの。電話にしなかったのは、彼がオーストラリアにいるってメッセージを送ってきてたからっていうのと、電話で話すのは正直まだシャクだったっていうのもあって。そしたらすぐに既読がついて、彼から電話してきてくれたの。 純也さん、「大人げないのは自分の方だった。ごめん」ってわたしに謝ってくれました。彼はわたしの自立心とか向上心が本当は好きだけど、同時に自分に甘えてくれなくなるんじゃないかって、それを淋しく感じてたみたい。「男ってバカだろ?」って言って笑ってました。

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   仲直りと初めての挫折 page4

    「……純也さんは今、まだオーストラリアにいるの?」『うん。こっちは今、冬の終わりって感じかな。でも寒さが厳しくてさ、早く日本に帰りたいよ。そっちはまだ残暑が厳しいんだろうな』(あ、そっか。オーストラリアは南半球だから日本と季節が真逆になるんだっけ) 地球の反対側にあるオーストラリアは、日本と時差はほぼないに等しいけれど、その代わり季節が逆転しているのだと愛美は思い出した。クリスマスにサンタクロースが雪ゾリではなく、サーフボードに乗ってやってくるというのが有名なエピソードである。「そうなんだよね。明日から九月なのに、まだ真夏みたいに暑いの。純也さん、日本に帰ってきたら茹(ゆ)だっちゃいそう」『それは困るなぁ。でも、あと二、三日後には帰国する予定だから。仕事も立て込んでるみたいだしね。でも、どこかで予定を空けて愛美ちゃんに会いに行くよ』「うん! じゃあ、気をつけて帰ってきてね。わたしも明日からまた学校の勉強頑張る。あと、短編集のゲラのチェックもやらないといけないから、そっちも」『現役高校生作家も大変だな。でも、何事にも一生懸命な愛美ちゃんならどっちも頑張れるって、俺も信じてるよ。……夏休みの宿題はちゃんと終わった?』「大丈夫! 今年もちゃんと全部終わらせたから。――それじゃ、帰国したらまた連絡下さい」『分かった。じゃあまたね、愛美ちゃん。メッセージくれて嬉しかったよ』「うん」 ――愛美が電話を終えると、嬉しそうに笑うさやかと珠莉の顔がそこにはあった。二人は通話が終わるまでずっと、成り行きを見守ってくれていたようだ。「純也さんと無事に関係修復できてよかったじゃん、愛美」「お二人がギクシャクしてると、私たちも何だか落ち着かなかったのよねえ。だから、無事に仲直りして下さってよかったわ」「さやかちゃん、珠莉ちゃん、心配かけてごめんね。でも、わたしと純也さんはこれでもう大丈夫。見守ってくれてありがと」 思えば七月に彼とケンカをしてから、この二人の親友にもずいぶんヤキモキさせてしまっていた。彼女たちのためにも、こうして無事に彼との仲を修復できてよかったと愛美は思った。「――さて、一応形だけでも〝おじさま〟に報告しとかないとね」 あくまで愛美が「純也さんと〝あしながおじさん〟は別人」、そう思っているように彼には思わせておかなければ話がややこしくなる

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